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雪の記事をはさんだが、南京の記念館に関する内容に話を戻そう。

とりあえず、南京大虐殺記念館を訪問した上での自分の考えを書いておく。

被害者30万人から始まり特に数字まわりは非常に眉唾物であるし、前回のモニュメント群を見ても、非常に政治的な側面が強いという印象は強く受けた。が、不幸にもある程度の規模で戦争犯罪が行われたとも思った。

(補足すれば、情報に関してレイプが一万件あったというなら生まれてきた混血児にもインタビューをするべきだがそれは見当たらなかったし、こういった戦争犯罪は当時であればどこでも起こりうるものではないかと思っている。)

だが、そこから自分が起こす行動としては、今更ことさらに中国人に頭を下げて謝罪することではなく、
南京の多くの人が願うのと同じく平和を獲得・維持するために行動することだ。
(そういった意味では、中国政府が現在進行形で引き起こしている人権問題についても日本人は批判する権利を有すると思う)

この記念館と南京の人から受け取ったメッセージはそこに収束される。

DSC09651.jpg



↑前回の記事で掲載を忘れた銅像。美術館並みの銅像、彫像の量だ


前回の記事は記念館のモニュメントに内容を絞っていたので、今回は同行した元在住の日本人の方に聞いた話とニュージーランド人との意見交換の内容を書きたいと思う。

といいながら、記念館の内容に限らず、中国人の夫を持つSさんにいくつか質問したのでそれらに対する回答をここに記しておこうと思う。(一個人の意見であることを了承の上でお読みください)



Q.南京の人たちは日本人に対して今でも悪い感情を持っているのですか?

A.戦時に大きな被害を受けたからこそ、平和に対する意識が強く、日本人に対して反日的な感情をあらわにする人はそこまで多くない。
(ただし特別な催しがある12月13日(南京陥落の日)だけは日本人は外出を避けるとのこと。)
彼女いわく、日本が統治していた吉林など東北部の方が若年層にいたるまで日本に対する感情は悪いらしい。(実際の在住経験からの話)
ただ、南京出身の夫の祖母から親戚がある日突然いなくなったといった話をきいたことがあるらしく、年代による差はあるだろう。
(ちなみに上記の12月13日には30分間南京の街中にサイレンの音が鳴り響くらしい。)



Q.南京人である旦那様は南京事件について、どんな意見を持っていますか?

A.日本も原爆投下をはじめ。アメリカから相当な被害を受けているはずなのに、なぜもっと主張しない?
 なぜそんなにアメリカに追従する?という意見を持っている。
(若干質問の意図とはずれてますが、こういう回答でした)


Q.日本と中国は将来的に友好関係を築いていけると思いますか?

A.というよりは現在は「肩を並べている」が将来的には中国が大幅に追い越して、吸収してしまうかもしれない。
 現在は日本に在住しているが日本からは「エネルギー」を感じないのでそういう点では好きではない


あくまで一意見ですが、日本をある程度知っている中国人がどのような意見を持っているかもわかったかと思います。

特に「エネルギーが感じられない」というのはよくわかる。東京はともかく、地方にきたらそう感じるのが当たり前かと。
また、日本が中国に吸収されるという議論は現在の時点では大げさかもしれないが、それくらいの危機感を日本人全体が持った方が日本人にとっては結果的にはいいと思っている。また、それくらい現在の中国の勢いに中国人自体が自身を持っているということ表れともとれる。


少しそれるが、記念館に行った後に宿の近くの北京ダックの店で食事をしたので写真を掲載しておく↓


DSC09668.jpg


↑「南京」で食べる「北京」ダック

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↑ここは皮以外の肉をから揚げに…めちゃうま

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↑料理名覚えてないけどこれもうまかったなぁ

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↑こっちがまだ食べてるのにとなりでトランプやってました
日本じゃ定食屋くらいでしか見られない風景かも


最近、旨いもん食ってないなぁ…



えー失礼しました…話の続きを

食事の後はニュージーランド人と二人で総督府へ

DSC09677.jpg


↑総督府内にあった絵画

食事時は議論を避けたのか 総督府に到着した途端に、「午前中に行ったミュージアム(記念館)についてどう思った?」という質問を投げかけられた。

俺の感想としては、最初に書いたとおりだ。

この質問を投げかけた彼女は大学で「博物館」に関しての特別講義もしているほどの人間だ。日本にも一年半滞在しており、広島にも沖縄にも北海道にも行っている。
そのため彼女の感想は南京大虐殺記念館と原爆平和記念資料館をはじめとした日本の戦争史関連の博物館のありかたに及んだ。(その影響で前回の記事があったりする)

彼女の感想を書こう。

大虐殺ということに対しては、被害者数の数字の議論はともかく、あの場で起こったことは戦時であればどの国でも行われる可能性のあることであるということがまず一点。

博物館(資料館)として、感想を述べれば、あの記念館は溢れんばかりの情報を蓄積し、その情報を訪問者に対してしっかりと与えているとのこと。
(写真撮影できないので、中身は紹介できないが、展示されている被害者の情報、加害者側のインタビュー、当時南京にいた外国人の記事など、真贋は別として写真やその他資料は膨大だ)

それに対して、広島の原爆平和記念博物館は被害に関する情報が全く足りておらず、訪問者に対して与える影響力も少ないであろうということを言っていた。訪問者はほとんど具体的な情報を持って帰れない。


では、その違いはなぜ生まれたのかという問いがあったが、まず政府の博物館に対する政治的姿勢が違うというものがあると思うが、個人的な意見として、日本人は特に自国にとっての黒歴史は「水に流す」つまり「忘却すること」に重きを置いているからだと思う。

そういった国民性のあらわれだということを彼女に伝えたところ、この意見に対して彼女の意見は 「日本も『記憶すること』に重きを置くべきだ」というものだった。欧州ではその傾向が強いそうだ。
(これは欧州人と話をするときには意識しておいたほうがいいだろう)

その根本にあるのは「記憶することによって再度の過ちをしないという自戒を常に持つ」ことが重要であるという意識であり、逆に言えば、歴史を忘却の彼方に意図的に追いやるという姿勢は、同じ過ちを再び犯すということにつながり信用できないという評価にもつながりかねないということだそうだ。

そういう意味ではこの記念館の戦争史関連の資料館としてのあり方は欧州人に対しては情報の質、内容は別としてもそのあり方においては違和感のないものなのだろう。

前回の記事にも少し書いたが、日本の戦争史関連の施設も国際的に情報を発信して行こうという意識が少しでもあるのなら、国民性に反したとしてもある程度見習うべきことであると思われる。

DSC09685.jpg


↑閉館が迫る総督府内を足早に歩きながら彼女と話をしていた。非常に知的で素敵な女性だった。
こういう出会いがあるからバックパッカーは楽しい。


この話はまだ続きますが、記事が長くなりすぎるので次回の記事に続きます。


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