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この記事はセレウス菌原因の急性胃腸炎に掛かった私がウルムチと西安で入院した事件を元に書いております。
私のブログはいつも写真を沢山使うのですが、病院内の写真がほとんど撮れていないので、セレウス菌感染の疑いのある街「和田(ホータン)」の写真を掲載していきます。ご了承ください。

和田(ホータン)は和田玉という玉(ぎょく)が有名な場所。シルクロード以前にこの玉による交易ルートもあったほど。
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↑ホータンの日曜マーケット。ウイグル自治区の各地から売人が来て仕入れをしていきます。
水に濡れていた方が綺麗に見えるため、スプレーで水を掛けている。


【発症】

Rさんにインタビュー(前の記事参照)をする直前から体の感覚がおかしかったのを今でも覚えている。
だが、折角時間を貰ったのに直前で予定を変更するわけにも行かないのでそのまま予定通りの行動。

宿に戻った夕方辺りから下痢気味に…暗くなるころには10分に一回トイレに駆け込むくらいまでに悪化。
出かたもほとんど水のようなものが大量にでるようになってしまい、素人目にもさすがにやばいなと思い始めていた。

深夜2時を周ったほぼ20回目くらいのトイレの際、ついに手足が痺れはじめ、腸にも刺されたような痛みと痺れが走った。
辛うじて立つことは出来たが、まっすぐ歩けない。
なんとかトイレを出て同室の人間にホステルのスタッフに事情を説明してタクシーを呼んでほしいと伝えた。

海外旅行保険の書類と一部の貴重品を何とかかき集めて、呼んでもらったタクシーに乗る。

日本だったら救急車を呼ぶ人もいそうだが、中国では救急車は有料ということは知っていたし、意識はある程度保てていたので
「他に命に関わる急患がいたら申し訳ない」という考えでタクシーで病院まで向かった。
※ちなみに後で他の人の料金見たらウルムチ市内搬送で300元(5000円位)と書いてありました。(タクシーは7元程度)郊外からだと更にお金を取ると思います。

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↑感染経路候補その①
気温40度を超える乾燥地帯のため、こういった露店が多いのだが、危ないだろうなと思いましたが、暑さに負けて食べてしまいました。かき氷とヨーグルト、蜂蜜を混ぜて食べる。ドガップというらしい。2元くらい。※奥の白い巨頭が氷です


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↑感染経路候補その②
セレウス菌は穀物類につくらしいので、かなり確率は高い。熱処理されてればいいのではと思って注文したら、冷めてたので微妙かもしれない。料理名 ポロというらしい。


【病院へ】

なんとか病院に着いて、救急の看板を見つけてフラフラになりながら受付に行き、筆談開始。
大都市ウルムチ市とはいえ受付レベルだとやはり英語は通じない。俺もそこまでは中国語が話せない。

というかそんな気力もほとんど無かった。

宣伝とか関係なしに役に立ったのがiphoneの「dian hua」という英中、中英辞書アプリ
アプリURL→http://mobalife.blog39.fc2.com/blog-entry-525.html

無料だし、オフラインで使えるし、iphoneの入力方式に簡体字の手書き入力を設定しておけば、ピンインや意味のわからない言葉でも簡単に検索できる。
なので、細かい内容の部分は受付の女性にお願いして、iphoneに直接入力してもらって症状を伝えた。指差し会話帳なんかではこうはいかない。

持っててよかったiphone3GS (´▽`)ノ


と、なんとか受付に症状が伝わったところで担当の女性医師が手招きしてきたので、死にそうになりながら診察室に向かう。
簡単な触診と採血が終わって、横になったところで医師が若干中国訛の英語で話しかけてきた。


【This is China】

医師「今、いくらある?」


私「え………?」


医師「いや、だからキャッシュでいくらあるの?」


私「明日の朝ATMで下ろす…予定だったから…400元しかないです…」


医師「ええと、1000元とりあえず支払えるかな、キャッシュで」


私「今…ですか?」


医師「今、すぐ、でないと細かい検査と治療が出来ないです」


私「ええと…海外旅行保険の書類がここにあるのですが…問い合わせしてもらえませんか」


医師「無理、使えない」(書類を全く見ずに)


私「クレジットは?銀聯ではないですけど…」


医師「現金ないの?」(めんどくさそうに)


私「さっき言ったように400元しかキャッシュはないですし…とても動ける状態じゃないの見てわかりますよね…」
 「症状が軽くなったらATMに行って必ず払いますから…日本円ですけどここに5万円ありますので預けても良いですし…」


医師「後と言うのは無理。とりあえず今、700元でいいから払って、ATMは病院内にあるから」(向こうは値下げ交渉だと思ったらしい)


文章だとわかりにくいが、こちらは急性の病気で虫の息になっている状態だ。
幸いATMが近かったのと各ブランドに対応していたのでお金はすぐに出せた。(今後のことも考えて2000元)

これで病院内に対応しているATMがなかった場合、深夜3時に死にそうな体を引きずって銀行探しをしなければならなくなっていたらゾッとする。

そもそも私は物心ついてから大きな病気も無かったし、怪我もなかったので救急に掛かるのも初めてだ。
救急車が有料だったのは知っていたが、救急で検査・治療の為に現金をその場で要求されるとは夢にも思わなかった。

アメリカの医療ドラマ「シカゴホープ」や「ER」で無保険の患者が追い返される場面は飽きるほどみたが、まさか自分がそれに近い扱いを受けるとは…

約束の700元を医師に渡すと即座に点滴が開始されて、抗生剤も尻に打たれる。
文字通り「現金なやつら」である。いや制度だから仕方ないのもわかるのだが。


夜も明けようとしている時に、医師が知り合いはいるか?知り合いがいないと薬も出せないし、入院も出来ない。というので宿で仲良くなった台湾人に来てもらって中国語⇔英語の翻訳をしてもらった。
昨晩の話をしながら「日本だったら…なのに…」ということをいうと彼は「気持ちはわかる。だけど『これが中国だ』(This is China)」と一言。

アカデミー賞も受賞した映画「ブラッド・ダイヤモンド」の名フレーズ「"TIA" This is Africa.」を思い出して笑ってしまった。


「"TIC" This is China.」


このフレーズはしばらく、自分の中でしばらくは反芻され続けるような気がしている。


→その2につづく


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↑感染経路候補その③
皆大好き「あんずジュース」
キンキンに冷えてて美味しいんだが、グラスは水でさらっと洗って使いまわし…。


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↑感染経路候補その④
蒸したごはんに蜂蜜つけて食べるって料理なのだが、菌が穀物につくって時点でかなり確率高いかも。



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ブログ更新滞ってて申し訳ないです。

中国国内の環境からだと、FC2自体がブロックされててプロキシ使ってもとても記事を書けるような状態ではなかったです。

という言い訳はともかく、時系列順に書いていくと最新の情報がどんどん陳腐化していく気がするので、
新しめでなおかつ書きたい記事を先に書いていくつもりです。またかよと思うかもしれませんがご了承ください。

※記事が見づらくなるのを防ぐために中国は都市別にカテゴライズする予定です。

というわけで、今書きたいウイグル自治区のウルムチでの出会いについて書かせていただきました。
いつもながらのまとまってない長文で申し訳ないですが、ウイグル人に興味のある方は読んでいただければ幸いです。


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↑ウルムチは非農業労働者が100万人を越えている大都市ではあるが、漢族の割合がかなり高い都市でもある。

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2010年7月、私は世界一内陸にある都市「ウルムチ」で、日本語を話すウイグル人のRさんと出会った。
いわゆる2009年ウイグル騒乱からちょうど一年が経とうとしている時期だった。

この事件についての詳しい流れはwikipedia 2009年ウイグル騒乱などのページを見てもらった方が早いと思いますし、報道や各方面での主張が噛み合ってない部分もあるため、ここでは詳しくは説明することは避けさせていただきます。

Rさんと最初に出会った場所はウルムチの「とある場所」としか書けないが、その場では少し話をしただけで、連絡先を交換しただけで別れてしまった。

が、ウルムチを一度出て、カナス湖(アクス)・カシュガル・ホータンと旅をした後、ウイグル自治区を離れるにあたって、「現地のウイグル人と世間話以上の会話をしていない」ことを残念に思っていたので、Rさんに連絡をして忙しい中、時間を貰った。

話を聴いたのは暴動から一年と二日経過した2010年7月7日午後。
下記の写真のように軍隊や特殊警察がウルムチ市内の至るところにいる中で私たちは再会した。

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↑ただの武装警察じゃなくて特殊部隊も多数いました。特殊警察部隊略して「特警」


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↑ユースホステルのすぐ近くにも…


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↑トラック満載の兵士。自治区以外の軍区からもかなりの数の部隊が輸送されているのも見ました。


日本語の話から始まって、ちょうど一年前の事件の話、中国国内でのウイグル人の立場など、二時間掛けて話を聴いた。(ブログ記事にすることは本人の許可を得ております。)
とにかく生の声を聴きたいというのが目的で、時間も少なかったため、踏み込んだ質問はそこまでしていません。
そのため、この地域・問題に詳しい方にとっては物足りない内容かもしれません。


【日本語について】

Q. なぜ日本語を勉強したの?

A. 「親に何か一つ形になるものを勉強しなさい、お金を出すから」と言われて何となく選んだだけ。
でも、今ではウルムチにいる日本人とも交流しているし、日本と絡む形でビジネスもやってみたいと思っている。

Q. 日本語は驚くくらいのレベルで話せているけど、何年勉強しているの?

A. 日本語の学習暦は2年。だけどウイグル語と日本語は文法が似ていて、しかも私は皮肉なことに漢字が分かるから習得は速かった。
(※後日、twitterにて在日ウイグル人の方に教えていただきましたが、日本語とウイグル語は同じアルタイ語族に属するため、語順や文法が似ているそうです。)

ちなみにウルムチで日本語のスクールに行こうと思うと600元/月。都市部の中産階級出身とはいえ、現地の所得水準を考えると安くはないです。先生の中には日本人のボランティアもいたそうです。国立大学として日本語を学べるのは新疆大学の外語科のみ。(驚くべきことに、ウイグル自治区一のこの大学ではウイグル語を学ぶことは出来ないそうだ)

Q. カシュガルやホータンで日本人だと分かるとウイグル人の方々の態度が変わりますが何故ですか?

A. 日本人というより外国人自体が珍しい存在だからだと思います(笑)

※日本というキーワードで思い出した写真を数枚貼っておきます。

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↑同じウルムチのユースホステルにて。中国人の旅行者の利用も多いためこういうこともある。
下に書いてある日本人旅行者のコメントが虚しく感じられてしまう。


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↑中国のユースホステルにはたいてい万国旗がありますが日本と台湾の国旗だけは一度も見たことがありません。(塗りつぶされて中国の旗にされた台湾国旗)



【暴動について】

Q. 暴動当日はどうしていたか?

A. 学校にいました。友人から連絡が来て部屋から出ないように言われてほとんど部屋にいた。
7月5日は問題なかったが、7月7日に漢族側の反撃が行われた際に彼らの一部が大学内まで侵入してきたため、生きた心地がしなかった。(この話をしている当日のちょうど一年前である)

どれくらいの恐怖かと言うと…当時のニュース映像↓



↑俺も生きた心地がしません…

Q. 暴動の経緯については外から見ていると曖昧な部分が多いのだけれども、報道で日本人が知っている以外の情報はありますか?

A. 暴動の発端になった広東地方での漢族のウイグル人(彼らはカシュガルからの出稼ぎ労働者)への襲撃事件も中国の新聞では死者は2名と大きくもない記事で出ていたが、実際の人数は200名だと私の周辺では言われていた。そういった報道姿勢に対しての不満も暴動に繋がった原因だと私は思っている。
また、デモ自体は当初から攻撃的なものだったわけではなく穏便なものだったのは間違いないです。

(※中国のメディアは都合の悪いニュースの場合、犠牲者数を小さく出すのは結構多いのでありうるといえばありうるというのが個人的感想。ジェクンドでの地震でも犠牲者の数は5分の1程度に抑えられて報道されていたようだし)

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↑ウルムチにはイスラム風建築もあるが、都市全体は中国的都市というのが印象

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↑人民公園で民族楽器を弾くウイグル人




【暴動後について】

Q. 暴動で何が変わりましたか?


A. 色々変わりましたが、身の回りの事としては、あの事件の為に、それまであった海外への留学制度がなくなり日本へ行けなくなりました。
 
事件がなかったら今、私は日本にいたと思いますよ……(ため息

 それと暴動直後からインターネット(そして携帯のショートメールまでも)が使えなくなりました。完全に使えるようになったのは2010年5月です。

 卒業論文を書こうにも当初はインターネットが使えなかったので、情報源が書籍しかなく大変苦労したという話を聞きました。

 また、カシュガルではこれまで同時に学習を開始していたウイグル語と中国語の教育カリキュラムが、中国語をはじめに学習し、その数年後にウイグル語を学習するという形に変更されました。もちろんウイグル人の大部分は反対しています。

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↑カシュガルオールドタウンにて撮影
ほぼウイグル人の子供しかいないエリアですが漢字の落書きが…




【ウイグル人の中国国内での扱われ方について】

Q. これまで旅をしてきて、私はウイグル人を嫌う漢族にも会いましたが、実際に差別されることもあるのですか?

A. 全てを話すのは大変ですが、例を出していくとまず就職の問題があります。企業のオーナーが漢族の場合、採用時にあからさまな差別があり、優秀なウイグル人よりもそこまで優秀ではない漢族を採用するケースも多いです。場合によっては求人に「漢族のみ」と書いてある場合もあります。
 だからこそ、私はビジネスを立ち上げたいと思っているのです。

 次にパスポートの取得。留学などのケースは別として、漢族は一ヶ月もあれば取得できますが、ウイグル人の場合はお金持ちであってもコネがなければ一年取得にかかります。お金持ちでない普通の人はほとんど無理です。

Q. 上海や北京で「都市部はウイグル人の泥棒が多いから気をつけろ」と言われたことがありますが、これは本当ですか。

A. 残念ながら本当です。が、この背景には中国マフィアが大いに絡んでいて、カシュガルやホータンの農村部から子供を誘拐して、食事を与えない、暴力を振るうなどして影響下の下に置いた後、技術を教えてスリなどの泥棒をさせているという悲しい現実があります。捕まるにしてもこういったケースがほとんどです。

※この話は西安で中国人(漢族)に聴いても同じ回答が返ってきたので、中国ではかなり知られている話なのかもしれません。

↓イメージしやすいようにウイグル自治区で撮影したウイグル人の子供たちの写真を貼っておきます。

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↑ウルムチ 人民公園にて

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↑カシュガル オールドタウンにて

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↑同じくカシュガル オールドタウンにて

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↑ホータンの宿にて

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↑ホータン サンデーバザールにて


※こういった子供が上記のような被害に合っているということです。


Q. 宗教に関してはどのような制限がありますか?

A. 自分に関係するところで言えば、学生や政府系組織の関係者はモスクでの礼拝は禁止ですし、コーランすら持てません。
 学校にコーランを持ち込んで隠し読みしていたことがばれて卒業直前で退学処分になった学生もいます。

                                       <インタビュー内容ココまで>

もっと色々と話を聴きたかったのですが、Rさんの予定もあったので、掲載できるような質問は以上になります。

いかがでしたでしょうか。

ウイグル人の現状について全く知識を持たない人にとってはショッキングな内容だと思います。

ただし、この程度の話はまだ入り口であって問題はとてつもなく深いということは知ってほしい

そして別れ際にRさんが涙を浮かべながら呟いた言葉は、未だに強く心に残っている。


「今の中国での私たちウイグル人の扱いは、かつての欧米での黒人の扱いのようだ。」


一般常識レベルの歴史を知っている人間なら、この言葉の意味は汲み取れると思う。

一方、中国政府はこんな標語を平気で出している。

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↑「相互に尊敬、相互に譲歩、相互に了承、共に建築、共に繁栄、共に…」
ウルムチ郊外の天池にて撮影


いや、実現できていないからこそ標語が必要だと言うこともできるかもしれないが…
途方もない虚しさを感じざるを負えなかった。


ウイグル自治区を旅して、そしてRさんと会話して、中国という国の新たな面を知った。
いや、チベットエリアでの旅を通じて既に感じていたことではあったのだが、より中国政府に対しての不信感は大きくなったように思う。

私はここまで5ヶ月間中国を旅して、漢族以外の少数民族や蔵族も含めた、多くの人と出会って友情を育んだ。この国の美しい景色も沢山見たし、人の優しさにも沢山触れた。

その結果、この国の風土やこの国に住む人たちの事を私は好きになったが、だからといって目を閉じて良い問題では決してない。

旅が終わり次第、私は中国に留学してこの国とより深く関わっていく予定だが、チベットや内モンゴルの問題を含めて、この問題を「間に合わなくなる前に解決すること」は当事者の各民族にはもちろんのこと、将来の中国にとっても利益であると信じて、今後も注視しつつ関わっていきたいと思っています。

外からの外圧も重要ですが、中国の若い世代を中心に中国国民自体が変わっていくことが一番重要だというのが自分のスタンスです。

※知識不足の為に事実誤認の部分がある可能性もございます。問題があればご指摘ください。
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